『古今和歌集』の一番はじめに採用された和歌が、「年(とし)のうちに 春は来にけり ひととせを 去年(こぞ)とやいはむ 今年(ことし)とやいはむ」です。
在原業平の孫にあたる在原元方(ありわらのもとかた)の作と伝わります。
このページでは、和歌の現代語訳はもちろん、古文文法や言葉の意味、歌が詠まれた背景などを解説します。
目次
和歌の解説
年のうちに 春は来にけり ひととせを 去年とやいはむ 今年とやいはむ
(古今集・春歌上・1 在原元方)
詞書:ふる年に春立ちける日よめる
現代語訳
(まだ暦の上では)年内なのに、(うるう年なので)もう立春がやってきた。(これまでの)この一年を去年とよぶのだろうか、それとも(暦の上での元日までは)今年とよぶのだろうか。
詞書:(暦の上での)旧年中に立春を迎えた日に詠んだ(歌)
語釈(言葉の意味)
和歌の語釈
としのうち【年の内】
その年のうち。年内。[全古]
はる【春】
四季の一つ。現在では三、四、五月、旧暦では一、二、三月をいう。天文学的には春分から夏至の前日までをいい、二十四節気では立春から立夏の前日までをいう。[日国]
ひととせ【一年】
いちねん。一年間。[日国]
こぞ【去年】
昨年。去年(きょねん)。[全古]
詞書の語釈
ふるとし【旧年】
新年や立春などに対して、暮れてゆく年をいう。年内。年のうち。[日国]
はるたつ【春立つ】
立春の日を迎える。(暦の上で)春になる。[全古]
文法
- 年のうちに
- 年:名詞
- の:連体修飾格の格助詞
- うち:名詞
- に:時を示す格助詞
- 春は来にけり
- 春:名詞
- は:係助詞
- 来:カ行変格活用動詞「来」の連用形
- に:完了の助動詞「ぬ」の連用形
- けり:詠嘆の助動詞「けり」の終止形
- ひととせを
- ひととせ:名詞
- を:動作の対象を示す格助詞
- 去年とやいはむ
- 去年:名詞
- と:引用の格助詞
- や:疑問の係助詞
- いは:動詞「言ふ」の未然形
- む:推量の助動詞「む」の連体形
- 今年とやいはむ
- 今年:名詞
- と:引用の格助詞
- や:疑問の係助詞
- いは:動詞「言ふ」の未然形
- む:推量の助動詞「む」の連体形
文法の補足説明
やいはむ
疑問の係助詞「や」の係り結びで、助動詞「む」が連体形になっています。
修辞法
句切れ
二句切れ
対句
「去年とやいはむ」と「今年とやいはむ」が対応する形で対比的に構成されています。
鑑賞
旧暦の閏年には一年が十三か月あり、新年を迎えないうちに立春が来ることがありました。これを「年内立春」といい、旧暦では頻繁に起こることでした。
旧暦(陰暦、太陰太陽暦)は月の満ち欠けを基準としており、新月から次の新月までは約29.5日、12ヶ月では約354日となります。太陽の周期の約365日とは約11日間のズレがあるため、暦と実際の季節の差がだんだんと開いていくことになります。そこで差が一月分ほどになったところで閏月を入れてズレを修正していました。ちなみに「十三月」という月が存在したのではなく、例えば「三月」の次の閏月を「閏三月」と呼んでいました。
一方、立春は二十四節気の始まりの節です。二十四節気とは、太陽の長さに基づいた一年(約365日)を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれの季節を3つの中と3つの節に分けたものです。例えば冬至は十一月中、立春は一月節になります。太陽の長さに基づいているため季節のズレが生じず、昔の人は立春をもって春が来たととらえていました。
この歌はまだ十二月なのに立春をむかえたことに対する戸惑いや感慨を詠んでいます。季節と時間に対する繊細な感覚や、自然と人間の時間感覚の違いが際立つ一首です。
他出典
『和漢朗詠集』にも収録されている。
作者紹介
在原元方(ありわらのもとかた)
?~?年
平安時代中期の歌人。中古三十六歌仙のひとり。
在原棟梁(むねやな)の子で、在原業平の孫。